「志望理由書には、あなたの熱意と原体験を書きなさい」——編入の指導では、よくそう言われます。ところが、当メディアの運営者の一人である私(直野史明)が名古屋大学経済学部の編入試験で提出した志望理由書には、自分の生い立ちの話は一行も入っていません。書いたのは、学びたい研究テーマと、それを学べる場所が限られていること、入学後に何をするかだけです。
では熱意が足りなかったのかというと、逆でした。志望理由書に書かなかったことは、編入したあとの研究発表や、その先の就職活動でむしろ効いてきます。志望理由書は「本当の理由」を打ち明けるものではなく、本当の理由を、学問の問いに言い換えて差し出すものだからです。この記事では、その言い換えのやり方を、実際に提出した中身と2か月の作成過程をもとに具体化します。
この記事の要点
- 志望理由書に個人的な動機をそのまま書く必要はない。書くのは、それを学問の問いに置き換えたもの
- 「なぜこの大学か」は大学の格ではなく、学びたいテーマを扱う場所がどれだけ限られるかで書くと強い
- 原体験はドラマでなくていい。必要なのは、自分が実際に見たものが一つあること
- 志望理由書に書かなかったことは、面接・入学後の研究・就職活動で効いてくる
志望理由書に「本当の理由」をそのまま書く必要はない
まず、実際に提出したものの中身から話します。私が名古屋大学経済学部の編入試験に出した志望理由書は、おおむね次の4点で構成されていました。
- 教育経済学と財政学の重なる領域を研究したいということ
- そのテーマを学部段階で扱えるゼミが、そもそもほとんど存在しないこと
- 名古屋大学経済学部に該当する研究を行うゼミがあること
- 編入後に何を、どの順で学ぶつもりか
ここに、幼少期の話も、今の学校への不満も入っていません。ただし、その裏側に個人的な動機がなかったわけではありません。私自身、進路が周囲の学習環境によって大きく振れた経験があり、そこから「育つ環境の差は、学力や進路にどこまで影響するのか」という問いを持っていました。教育経済学に行き着いたのはその問いからです(その経緯自体は長くなるので、大学中退から名古屋大学へ編入するまでの体験談として別に書いています)。
つまり作業としては、次の順に「言い換え」が起きています。
| 段階 | 中身 | 志望理由書に書くか |
|---|---|---|
| ①原体験 | 自分が実際に経験した、説明のつかない出来事 | 書かない |
| ②問い | それを広げて考えた疑問(環境の差は進路にどう効くのか) | 短く触れる程度 |
| ③研究テーマ | 問いを扱う学問分野に置き換える(教育経済学・財政学) | 書く |
| ④志望校 | そのテーマを扱える場所がどれだけ限られるか | 厚く書く |
受験生がつまずくのは、たいてい①をそのまま提出しようとするからです。①は動機のきっかけではありますが、そのままでは学問の話になっていません。審査する側が読みたいのは「この人は入学後に何を研究し、うちで受け入れる意味があるのか」であって、生い立ちの是非ではないのです。
編入の志望理由書で見られている3つのポイント
大学側が確認しているのは、文章のうまさではなく、次の3点がつながっているかどうかです。
- なぜ編入なのか:今の場所に留まるのではなく、移ってまで学ぶ必要がある理由
- なぜこの大学・学部なのか:他では代えのきかない理由
- 入学後に何を学び、どう活かすか:具体的な学習計画と、その先
よく「一貫性が大事」と言われますが、これは説明が足りていません。求められているのは書類の中だけで辻褄が合っていることではなく、あなたの経験と書いた内容がつながっていることです。書類の中だけで整えた文章は、面接で二段、三段と掘られたときに支えを失います。逆に、書かなかった原体験が背後にあれば、想定外の角度から質問されても答えが出てきます。
「なぜこの大学か」は、格ではなく“扱える場所の少なさ”で書く
3点のうち、いちばん差がつくのが「なぜこの大学か」です。ここを偏差値や知名度、あるいは「校風に惹かれた」で埋めると、大学名を入れ替えても成立する文章になります。編入の志望理由書でもっとも評価されにくい形です。
私の場合、決め手は名古屋大学の格ではありませんでした。教育経済学というテーマを学部段階で扱えるゼミが、そもそも数えるほどしかない——調べた結果そうだったから、選択肢が名古屋大学に絞られた、という順序です。この書き方には利点があります。テーマの希少性を根拠にすると、「他大学ではだめな理由」を書こうと苦心しなくても、それが自動的に説明されるのです。
同じことは、あなたのテーマでもできます。
①学びたいことを、一段だけ具体にする
「経済学を学びたい」では場所を絞れません。「地方財政」「労働経済」「開発経済」くらいまで下ろすと、扱っている大学と扱っていない大学に分かれ始めます。この一段が、志望理由書全体の強度を決めます。
②そのテーマを扱う研究者・ゼミが学部にあるか調べる
大学の研究者情報やシラバスは公開されています。学部のゼミ一覧、教員の研究業績、開講科目の3つを突き合わせると、「看板は経済学部でも、そのテーマは大学院にしかない」ということがかなりあると分かります。編入は学部への進学なので、ここは学部で確認する必要があります。
③代えがきかないことを確認して、それを書く
調べた結果、候補が2〜3校に絞られたなら、それがそのまま志望理由になります。志望校の候補出しから始めたい場合は、経済学部に編入できる大学一覧で対象校を洗い出してから、この作業に入ると早いです。
なお、教員は異動や退職があります。志望理由書に特定のゼミや研究者を挙げるときは、出願年度の最新情報を大学の公式サイトで確認してください。数年前の情報を書いてしまうと、面接で確認された際に苦しくなります。
受かる志望理由書の基本構成(4部構成)
言い換えの材料がそろったら、次の4ブロックの順で組むと破綻しません。
| 構成 | 書く内容 | 目安の割合 |
|---|---|---|
| ①現状・きっかけ | 今の学びで持った関心・問い | 2割 |
| ②志望理由(なぜこの大学か) | そのテーマを扱える場所が限られる根拠 | 4割 |
| ③学習計画 | 入学後に何を、どの順で学ぶか | 2割 |
| ④将来像 | その学びをどこへ持っていくか | 2割 |
①を厚くしすぎるのが、もっとも多い失敗です。きっかけの話は書き手にとって語りたい部分ですが、読み手にとっては前置きにすぎません。分量の重心は②に置いてください。
例文は写さず、型だけ借りる
「志望理由書 例文」で見つかる完成文をそのまま写すと、二重に損をします。ひとつは、その文章がどの大学にも当てはまる汎用文になっていること。もうひとつは、自分で組み立てていないため、質問された瞬間に一段目で止まることです。借りるなら、文章ではなく型にしてください。
型とは、4つのブロックをそれぞれ一文で言い切っただけのメモです。前述した名古屋大学の1枚も、この段階ではこの程度の分量でした。
| ブロック | 型(一文で言い切る) |
|---|---|
| ①関心 | 育つ環境の差が、学力や進路にどこまで効くのかを知りたい |
| ②志望理由 | 教育経済学と財政学が重なる領域は、学部で扱える場所がごく少ない |
| ③学習計画 | 該当分野のゼミに入り、その領域を研究する |
| ④将来像 | 環境を整える側の仕組みに関わる |
ここまで削ると、自分のものと他人のものの差がはっきりします。写して使えるのはこの形だけで、中身は自分が実際に見たものからしか出てきません。裏を返せば、この4行さえ埋まっていれば、あとは作業です。
肉付けは、この4行に残っている抽象語を一つずつ具体へ置き換えていくだけです。「環境」を自分が実際に見た場面に、「その領域」を科目名や研究の呼び名に、「関わる」を分野の名前に。抽象語が一つ具体に変わるたび、その志望理由書は他の受験生には書けないものへ近づきます。
原体験は、ドラマでなくていい
ここまで読んで「そんな語れるような経験がない」と感じた人もいると思います。ここははっきりさせておきます。必要なのは劇的な体験ではなく、自分が実際に見たものが一つあることです。
アルバイト先で人手が集まらない理由が気になった、地元の商店街が数年で変わった、奨学金の説明会で借入額の話に驚いた——この程度で十分に出発点になります。重要なのは大きさではなく、それが伝聞ではなく自分が実際に見たものであることです。自分で見たものだけが、掘られたときに追加の情報を出せます。
取り出し方は難しくありません。「なぜあれはああだったのだろう」と一度でも思った出来事を書き出し、その疑問を、人ではなく仕組みの話に言い換えてみてください。「あの人は運が悪かった」を「どういう条件がそろうとそうなるのか」に言い換えた時点で、それはもう経済学の問いの形をしています。
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やりがちなNG例
内容が悪くないのに評価を落とす書き方には、いくつかパターンがあります。
| NGな書き方 | なぜ弱いか/どう直すか |
|---|---|
| 「今の大学が合わない」で終わる | 移る理由にはなるが、その大学を選ぶ理由になっていない。何を学ぶかへ話を進める |
| 大学名を差し替えても成立する | 志望校を絞った根拠がない状態。テーマを一段具体にして調べ直す |
| 生い立ちの説明が半分を占める | 前置きが長い。原体験は削り、問いの形にして数行に圧縮する |
| 将来像が「社会に貢献したい」 | どの分野で、誰に対してかがない。学習計画とつなげる |
| 生成AIの出力をそのまま提出する | 整った文章ほど、面接で追加の質問をされると答えが続かない。AIは動機を掘る相手であって、代筆させる相手ではない |
2か月かけて、分かる人に添削してもらう
私が志望理由書を書き上げるのにかけた期間は、およそ2か月です。何を書くかは早い段階で決まっていたので、書き直しではなく、精度を上げる作業に時間を使いました。添削は、通っていた専門学校の経済学が専門の教員に依頼し、何度か見てもらいながら仕上げています。
ここで大事なのは、添削者を選んでいる点です。文章の読みやすさだけなら誰でも見られますが、「そのテーマはその大学のその分野で本当に扱えるのか」を判定できるのは、その分野が分かる人だけです。志望理由書の弱点はたいてい文章ではなく、テーマと志望校のつながりに出ます。
| 時期 | やること |
|---|---|
| 出願2か月前 | テーマを一段具体にし、扱える大学を調べて志望校を確定させる |
| 出願6週間前 | 4部構成で初稿を書き切る。完成度は問わない |
| 出願1か月前 | 分野が分かる人に見せ、テーマと志望校のつながりを点検してもらう |
| 出願2週間前 | 質問される箇所を想定し、答えられるか自分で試す。清書 |
出願書類の様式や提出期限は大学ごとに異なり、年度によっても変わります。字数指定の有無を含め、必ず出願年度の募集要項で確認してください。準備全体の時間配分は学年別のスケジュールで整理しています。
志望理由書に書かなかったことが、後で効いてくる
私が受験した当時、名古屋大学経済学部の編入試験に面接はありませんでした(試験科目は年度により変わるため、必ず最新の募集要項で確認してください)。つまり志望理由書は、口頭の補足なしに、書類だけで読まれたことになります。
その後どうなったか。編入した年の秋、私(直野史明)は「2015年度中部経済学インターゼミ 第2回ミーティング」で、非認知能力や学習環境が経済成長に与える影響をテーマに、主体となって研究発表を行いました。インターゼミは複数大学のゼミが集まって研究を持ち寄る合同発表会です。志望理由書に書いた「学びたいこと」を、そのまま研究として実行しました。所属ゼミの教員からは、入学後に志望理由書そのものの出来と動機の内容について評価を受けています。提出したら終わりの書類ではなかったということです。
効いたのはそれだけではありません。就職活動で「学生時代に力を入れたこと」を聞かれ、勉強と答えたとき——一般には他の人と差がつきにくい答えです——それが通ったのは、自分の経験から編入の理由、研究テーマまでが一本につながっていたからでした。志望理由書に書かなかったはずの原体験が、そこで説得力の裏づけになっています。
志望理由書を書く作業は、書類を1枚仕上げる作業ではなく、自分がなぜここへ行くのかを、他人に説明できる形にしておく作業です。その成果は、合否が出たあとの数年にわたって使えます。
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まとめ|書いたことを、面接で説明できる状態にする
編入の志望理由書で問われているのは、文章力でも熱意の強さでもありません。あなたが実際に見たものから、学問の問いを取り出し、それを扱える場所として志望校を選べているかです。原体験そのものは書かなくていい。ただし、なければ深いところで支えが効きません。
仕上げる前に、一度だけ試してみてください。書いた志望理由に対して「なぜ?」を三回続けて自分に問い、三回とも答えが出るかどうか。二回目で言葉に詰まるなら、足りないのは文章ではなく、テーマと志望校のつながりです。そこが埋まった志望理由書は、面接でも、入学後でも、その先でも通用します。
当メディアは、専門学校から神戸大学・名古屋大学の経済学部へ編入した2名で運営しています。この記事は、そのうち名古屋大学へ編入した私が書きました(運営者プロフィールはこちら)。
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