ひとつ、仮の話をさせてください。編入試験やTOEICの当日、参考書を持ち込んでよいとしたら、あなたは何点取れると思いますか。
ただし条件があります。持ち込めるのは数冊だけで、しかもどこに何が書いてあるかを完全に把握している本に限ります。目次を見なくても、あの論点はあの章の後ろのほう、と手が動く状態です。この条件なら、点数はかなり上がるはずです。当メディアの運営者の一人(直野史明)は、TOEICなら多くの人が700点を超え、内容を理解している人なら800点や900点にも届くだろう、と考えています。
同じ参考書を繰り返す目的は、この状態を頭の中に作ることです。 当メディアの記事では繰り返し「教材を増やさない」と書いてきましたが、その理由をきちんと説明したことがありませんでした。この記事がその説明にあたります。
この記事の要点
- 繰り返す目的は暗記ではなく、「持ち込みOK」に近い状態を頭の中に作ること
- その状態ができると応用が効き、あとは試験形式に慣れるだけで点が動く
- 最大の壁は「答えを知っている問題をやる意味があるのか」という不安。抜けると急に伸びる
- 繰り返しが効かない場面はほとんどない。ただし最初の参考書選びだけは慎重に
もし参考書を持ち込めたら、何点取れるか
この問いを最初に置いたのは、繰り返しという作業が根性論に見えやすいからです。「同じ本を15周する」と聞くと、たいていの人は苦行を想像します。ですが目的は回数をこなすことではありません。持ち込んだのと同じ状態を、頭の中に作ることです。目的がそれなら、何をどこまでやればいいのかもはっきりします。
問題集を何冊も買い足す動きは、この目的から見ると逆方向です。冊数が増えるほど、どの本も「どこに何が書いてあるか分からない本」のままになります。持ち込める本が10冊に増えても、中身の場所を知らなければ試験時間内には探し出せません。
覚えるのではなく、「どこに何があるか」を作る
ここは暗記とは違います。丸暗記しようとすると量に押し潰されますし、少し形を変えられただけで対応できなくなります。作りたいのは、どこに何が書いてあるかが頭に入っている状態です。
この状態にあるかどうかは、次の3つで判定できます。TOEICを3か月で440から860にした記録のほうで書いた到達点と同じ考え方です。
| 状態 | できているサイン | まだのサイン |
|---|---|---|
| 場所が分かる | 論点を聞いた瞬間に、本のどのあたりの話か浮かぶ | 目次を開かないと分からない |
| 処理が速い | 考える前に手が動く/即答できる | 解けるが時間がかかる |
| 説明できる | なぜその答えになるかを口で言える | 答えだけ覚えている |
「解けるが時間がかかる」で止まっている人はとても多いです。解けることと、試験時間内に処理できることは別物です。そして繰り返しが効くのは、まさにこの差を埋める部分になります。
もう一人の運営者は「白紙に再現できるか」で測っていた
この判定を、さらに厳しい形で置いていた人がいます。当メディアのもう一人の運営者・吉川です。専門学校から神戸大学の経済学部へ編入していて、使った参考書は入門から初中級のものに絞り、10回以上繰り返しています。
「白紙に再現できるか」は、さきほどの3つより一段厳しい基準です。場所が分かる、速い、説明できる——その先に、本を閉じた状態で中身を組み立て直せるかが置かれています。
後半の指摘のほうが重いかもしれません。機会費用は、経済学を学び始めて最初の数ページに出てくる言葉です。それが最難関の一角で問われ、しかも書けない受験生がいる。基礎を「知っている」と「説明できる」の差が、そのまま得点差になっているということです。難しい参考書に進むほど、この差は埋まらないまま置き去りになります。
2人は受けた大学も受験した年も違います。名古屋大学の記述式と、神戸大学の英語・数学・経済学。それでも到達点の置き方は同じところに落ちています。冊数を増やすのではなく、1冊から知識をすぐ取り出せる状態にする。
その状態ができると、応用が効きはじめる
どこに何が書いてあるかが頭に入ると、初見の問題への強さが変わります。まったく新しく見える問題でも、たいていは知っている論点の組み合わせや、角度を変えた出題だからです。手持ちの知識の場所が全部分かっていれば、あとは取り出す作業になります。
ここまで来ると、残りは形式に慣れるだけです。時間配分、設問の読み方、解く順番。これらは中身の理解とは別のスキルで、過去問や模試を数回こなせば身につきます。逆に、どこに何があるか分からないまま形式の練習だけ積んでも、引き出す中身がないので点は動きません。
名古屋大学の編入試験では、経済学・経営学・マーケティング・経済史・経営史といった科目群から選んで解答する記述式が出ました。範囲は広く見えますが、対応できたのは冊数を増やしたからではありません。少ない本で、知識をすぐ取り出せる状態まで持っていったからです。科目別の進め方は編入試験の経済学の勉強法で整理しています。
最大の壁は「意味があるのか」という不安
正直に言うと、この方法には気持ちの悪い時期があります。
3周目、4周目に入ると、問題を見た瞬間に答えが浮かぶようになります。すると「これは実力ではなく、答えを覚えているだけではないか」「新しい問題をやらないと力がつかないのでは」という疑いが出てきます。ここで多くの人が別の教材に手を伸ばします。
ですが、この違和感は失敗の兆候ではありません。どこに何があるかが頭に入り始めたサインです。答えが浮かぶのは、場所を覚えたということです。そして、ここを信じて続けると、あるとき急に点数が伸びたり、それまで納得できなかった内容が急に分かったりします。伸び方は比例しません。
実際のスコアもそう動いています。TOEICは4月に440点でしたが、翌5月には680点になりました。1か月で240点です。この間に新しい教材は入れていません。手持ちを1周し終えて、周回に入った時期にあたります。
繰り返しが効かない場面は、ほとんどない
「この科目には向かない」「この方法が合わない人がいる」と書けたほうが親切に見えるかもしれませんが、実感としてはそうではありません。科目を選ばずに機能します。 英語でも経済学でも経営学でも、やることは同じでした。
編入試験は科目数が絞られていますが、これは科目が少ないから成立する方法というわけでもありません。科目が多い試験であっても、教材を広げる意味はあまり大きくないというのがこの方法の考え方です。冊数を増やして薄く触れるより、1冊から知識をすぐ取り出せる状態にするほうが、どの科目でも先に効きます。
唯一の分岐点は、最初の参考書選び
そのうえで、ひとつだけ慎重にやるべき工程があります。最初にどの本を選ぶかです。ここを間違えると、繰り返した時間がそのまま損失になります。
| 見るところ | 確認すること |
|---|---|
| 自分のレベルに合うか | 1周目で心が折れない難易度か。難しすぎる本は周回に入れない |
| 相性・好みに合うか | 解説の書き方、レイアウト。何十周も付き合う相手になる |
| 網羅性が足りるか | その1冊で出題範囲を覆えるか。穴があると繰り返しても埋まらない |
この3つが噛み合った本を選べたら、あとは信じて繰り返すだけです。逆に言うと、迷う余地があるのは選ぶ段階までで、選んだ後に迷うのは時間の浪費になります。
そして、この選定こそ独学でいちばん判断が難しい部分です。志望校の出題範囲を覆えているか、いまの自分のレベルに対して重すぎないかは、範囲と難易度の両方を知っていないと判定できません。ここだけは、実際にその試験を通った人に見てもらうのが早いところです。
では、何周すればいいのか
回数では決めません。決めるのは到達点です。「15周」は結果としてそうなった数字であって、目標だったわけではありません。
| やめてよい合図 | まだ続ける合図 |
|---|---|
| 問題を見た瞬間に、考えずに手が動く | 解けるが、時間がかかる |
| なぜその答えかを口で説明できる | 答えは合うが理由が言えない |
| 論点を聞くと本のどのあたりか浮かぶ | どこに載っていたか思い出せない |
「まだ続ける合図」が残っているうちは、教材を足すタイミングではありません。全部が「やめてよい合図」に移ってから次に進めば、次の教材は1周目から違う速さで進みます。具体的な回し方の実例は、TOEICで各Partに何をやったかの記録にまとめてあります。
次に読む
編入のTOEICを3か月で440→860にした記録|使った本と周回数
まとめ
繰り返す理由は、根性でも精神論でもありません。持ち込みが許されたのと同じ状態を、頭の中に作るためです。その状態ができれば応用が効き、あとは形式に慣れるだけで点が動きます。
途中で必ず「答えを知っている問題をやって意味があるのか」という時期が来ます。私たちもそこを通りました。そこで教材を変えず、同じ本から知識をすぐ取り出せる状態まで持っていったから、後で急に伸びる瞬間が来たのだと思っています。いまその不安の中にいるなら、それは失敗ではなく、どこに何があるかが頭に入り始めた合図です。
気をつけるのは最初の1冊の選び方だけで十分です。当メディアは専門学校から神戸大学・名古屋大学の経済学部へ編入した2名で運営しています。その1冊が志望校の範囲を覆えているかどうかは、実際にその試験を受けた側のほうが早く判定できます。











